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集落建築

伝統住居建築のタイプ
金門の伝統的住宅の多くは、閩南スタイルを伝承し、家族構成、地理及び気候条件に応じ、間取りは広くありません。一般的に合院スタイルを原型とし、異なる敷地に基づき他のタイプに変化しています。異なるタイプとは、大まか
「基本スタイル」(主に伝統的な三、四合院の住宅タイプ)、「変化スタイル」(伝統的な合院を増築するタイプ)及び
「その他のスタイル」(特殊の建築タイプ)などの3大スタイルにまとめられます:

一、基本スタイル(三合院)
1.一落二欅頭、一落四欅頭
一落二欅頭或いは一落四欅頭とは、金門の伝統住宅の中で、最も一般的によく見られる基本スタイルです。その基本構成は、三開間的大落(或いは正身、正庁、祖堂などと呼ばれる)、東西対称に建てられる欅頭(或いは間仔、両廂房、掛房などと呼ばれる)と天井(深井頭、中庭)のスペースで構成されています。
瓊林、水頭、珠山、欧厝、南北山の集落で見られます。
2.三蓋廊
一落四欅頭を基礎として、玄関の入口の欅頭に円脊、燕尾或いはレンガの屋根を増築することで、四合院のスタイルにしています。
瓊林の集落で見られます。
3.二落大厝(双落大厝)
二落大厝と三蓋廊の平面スタイルは大変似通っており、いずれも四合院のスタイルです。異なる部分は前落屋頂の建て方です。二落大厝の前落は欅頭と門庁を一つの屋根の下にまとめ、中は廂房で繋げることで、建物全体が前後二つの建物になっています。
瓊林、山后、水頭、珠山、欧厝、南北山の集落で見られます。
4、三落大厝
二落大厝の前或いは後にもう一落を増築するスタイルです。
珠山の集落で見られます。

二、変化スタイル
1. 凸規(突帰)
二落大厝、三蓋廊の左側或いは右側に、一列の部屋を増築することで、正面が四開間になり、増築する部屋は単凸規と呼ばれ、二列を増築すれば五開間になり双凸規と呼ばれます。メイン建築との間にある天井は長方形です。五開間の双凸規の両サイドがいずれも翹脊(燕尾)であれば、正式なスタイルの一部となり、「六路大厝」と呼ばれ、六本の廊下があるとの意味です。
瓊林、欧厝の集落で見られます。
2、護龍
護龍と凸規の大きな違いは正面にあります。護龍には独立した正面の出入口があり、玄関ドアと同じ向きです。元の建築との間にある天井は長方形であり、子孫巷頭の位置にはひさしを付けた廊下と繋がり、一般的に「過水」と呼ばれます。
瓊林、山后、水頭、珠山、欧厝、南北山の集落で見られます。
3、迴向(倒座)
迴向とは二落大厝の正面前方に増築する別の建築スタイルを指します。二落大厝との間に大変大きな内埕を残し、二落大厝と向かい合います。
瓊林の集落で見られます。
4、一落二二階立
西洋建築の影響を受け、二階立に増築し、使用できるスペースを増やすと共に、裕福を象徴しています。
山后の集落で見られます。

三、その他のスタイル
一部の住民は敷地が比較的小さい、或いは散らばっているために基本スタイルを建てられない場合、敷地の規模に合わせた建物を自ら建てたものは、特例として認められています。このような住宅は少なく、通常は非対称的に建てられています。また、早期ビジネスが繁栄して発展したマーケットでは、店舗兼住宅のスタイル(店屋)で作られています。同じ向きの櫛タイプレイアウトとは異なる向かい合う形であり、最も有名なのは明代金門城北門外の伝統店屋です。


金門西洋建築タイプ
清末民国初め、金門にいた多くの青年壮年たちは、五口通商港の一つであるアモイから出発し、海を渡って南洋や日本などの地に出稼ぎに行き、賃金を故郷に仕送りしていました。その援助を受けて多くの西洋建築が建てられ、伝統集落の中でも中国と西洋の文化の代表になりました。これらの西洋建築のスペースの多くは住宅として使用され、一部学習教室や槍楼、祠として使用されています。
1.附属建築(護龍)疊楼、外廊下の取り入れ
漢人の伝統的な住宅の増築の多くは、左右から外向けに水平に延伸する方法を採用しています。送金時間、一つの西洋建築のスタイルは、護龍疊楼(二階化)であり、外廊下を取り入れました。軸となるメイン建築に手を加えず、サブの附属建築を西洋建築に改築するのも、一種の水平に延伸してスペースを拡大するやり方です。
2.番仔厝
一階建ての伝統合院建築の玄関に、西洋スタイルの山頭を加える建て方は番仔厝と呼ばれ、二落大厝を変化したものです。
3.五脚基(外廊下建築)
外廊下のある西洋建築は、外廊下の玄関を伝統合院の「四房合一庁」の平面に附属させ、更に二階建てにしたものです。外廊下の形に基づき、下記の三種類に分けられます:
(1)出亀:外廊下の中間部分が突出して、亀の頭に似ている。
(2)三塌寿:外廊下の平面左右両サイドが突出する。
(3)五脚基:外廊下の平面に突出がない。

 

伝統集落を訪ねる旅
伝統建築文化は金門国家公園内の最も豊富な文化資産であり、欧厝、珠山、水頭、瓊林、山后、南山と北山など、七つの代表的な伝統集落があります:
南山、北山:南山、北山は双鯉湖を挟んで向かい合い、林厝と合わせて「古寧頭」と呼ばれています。この地はかつて「古寧頭大戦」のメイン戦場であり、村中に多くの弾痕と戦役遺跡が残っています。
山后:山后中堡には十八軒の形がきちんと整っている二落大厝があり、燕尾のように上がり、橫向きの隘門と合わせて、全体的に企画された精巧な集落スタイルを現しています。
珠山:集落全体は大宗の祖廟と大潭を軸とし、周りの緩やかな坂道に沿って順に大潭に向けて建物が配置され、伝統集落の敷地に合わせた環境哲学を見せ付けてくれています。
水頭:清乾隆年から伝わる伝統的な閩南スタイルの二落大厝。民国初めに建てられる西洋建築とは時期が異なり、スタイルも違う住宅建築は水頭地域独特の風貌です。
瓊林:保存状態が良く、昔の最大の集落です。明清二つの時代で試験に合格する人が多く、「七座八祠」と呼ばれ、完全なる宗族制度と先祖供養のイベントの風習を残しています。2012年瓊林は《文化資産保存法》の法定集落に登録されました。
欧厝:上社の隘門グループは、共同生活スペースを定義し、防御効果がありました。下社には一落四欅頭建築の数々は「櫛タイプレイアウト」であり、古風で素朴な趣があります。
空間の現し方でも、日常的な民俗風情であっても、金門国家公園は深みのある文化を持ち、それらの特色は、金門地域で暮らす人々たちが共同で持ち合わせる尊い文化資産でもあります。